直前!54回全日本大学駅伝振り返り

 

1区
出だしから青山学院の目片将大選手が飛び出し、5キロ14:08で入りました。3キロ過ぎから大東文化のピーターワンジル選手が2位集団から抜け出し、國學院の島﨑慎愛選手がつきましたが離され、結果的には区間18位となってしまいました。また7キロ過ぎから中央の千守倫央選手が集団を崩し、東洋の奥山輝選手はそれについていけず、区間15位となってしまいました。その後ワンジル選手が目片選手を捉え、区間新記録を出し、目片選手が区間2位、そして千守選手、優勝した駒澤の円選手と続きました。

 

2区
3位でスタートした駒澤の佐藤圭汰選手、4位でスタートした創価の葛西潤選手が快調に飛ばし、あっという間にトップに出て、その後は2人のマッチアップ、葛西選手はラスト1キロで佐藤選手のスパートにより離されかけましたが、粘って逆転。創価がトップで襷リレーをしました。また國學院山本歩夢選手が17位からグングン順位を上げて行き、最終的には7位まで押し上げました。一方初出場の青山学院、白石光星選手は苦しい走りとなり、13位、創価とは2:11秒差となりました。
東洋のエース、石田洸介選手は5人抜いたものの区間9位で、上位進出は少し厳しくなりました。

 

3区

首位の創価、吉田凌選手と駒澤、山野力選手が並走して走っていましたが、吉田選手が遅れ始め、結果的に首位で襷リレーし、早くも駒澤の優勝がチラつくようになりました。後方では14位でスタートした関西学院、上田颯太選手がすぐに青山学院の佐藤一世選手を捉え、並走しました。さらに後ろからスタートした東海の復活したエース、石原翔太郎選手も追いついて集団を引っ張り、上田選手が引き離されました。
結果的には青山学院11位、東海12位、関西学院13位となりました。
また東洋の児玉選手は一度7位の中央学院とまで追いつき、東京国際とパッケージを組みましたが、ラストスパートで競り負け順位は変わりませんでした。

 

4区
駒澤の山川拓馬選手が絶好調で区間賞、駒澤の優勝をほぼ確実にしました。後ろでは3位の早稲田のゴールデンルーキー、山口智規選手が2位の順天堂大学大学、石井一希選手にはやされかけましたが、追いついて逆転しました。また青山学院の"よこたっきゆう"こと横田俊吾選手が順位を上げ、東洋の前田選手と並走していましたがしばらくした後前田選手が落ち、横田選手は結果的に6人抜きの5位まで順位を上げました
前田選手は8位まで順位を上げました。

 

5区
この区間も駒澤の篠原倖太郎選手が首位を快走、区間2位でした。
後方では國學院の青木瑠偉選手が一時創価の嶋津雄大選手、青山学院の岸本大紀選手に詰められましたが差を開き、区間記録と2秒差に迫る区間賞を獲得しました。また嶋津選手、岸本選手は鍔迫り合いを続けましたが、嶋津選手が岸本選手を引き離し、2人抜きの区間3位、岸本選手はひとつ順位を下げました。
また東洋の九嶋恵舜選手は区間5位で7位に上げました。

 

6区
駒澤の安原太陽選手は最初の1キロ2:45秒で入りながら、その後は安定した走りで首位を守り、区間4位でエース、田澤廉選手に繋ぎました。後方では順天堂の西澤侑真選手が創価の新家裕太郎選手を交わして6.5キロ地点でそれまで好調だった青山学院の中村唯斗選手も捉え、中継所の目の前で國學院の坂本健悟選手を抜き、2位に浮上、区間新の2位に順位を上げました。
また中央のエース、吉居大和選手が不調のためこの区間で走りましたが、まずスタート直後に明治の吉川響選手を抜き、3キロ過ぎで東洋の村上太一選手、そして10キロすぎで早稲田の菖蒲敦司選手を捉え6位に浮上、不調を全く感じさせない走りで区間区間新を獲得しました。
東洋の村上選手は吉居選手に抜かれたものの、そこから吉居選手から20秒差くらいでタスキリレーし、菖蒲選手も抜きました。

 

7区
この区間は駒澤、田澤選手と青山学院、近藤幸太郎選手の距離の離れた対決となりました。まず田澤選手は最初の1キロ2:46と昨年と同じタイム、そして3キロ8:21で入りました。対する近藤選手は1キロ2:40、8:12で入り、順天堂の伊豫田達弥選手、國學院の平林清澄選手を捉え、3人の集団となりました。その後5キロ通過は田澤選手が13:57、近藤選手が13:49と、追い風ではありますが7区は17キロあるにもかかわらず13分台ハイペースで入りました。そしてここで集団から平林選手が遅れ始めました。
7キロ手前の監督声掛けポイントでは駒澤、大八木弘明監督からの声掛けで近藤選手の方が8秒のところを5秒上回っているという風に声掛けしました。そして平林選手も遅れ、近藤選手も単独走になりました。また13キロで田澤選手の方が2秒上回りました。
15キロでは田澤選手が42:12、近藤選手が42:18と、田澤選手のほうが5秒上回りました。そしてまだ1キロ2:50を切るという驚異的なペースです。結果的に田澤選手が49:38、近藤選手が49:55と、前人未到と言われたパトリックワンブイ選手の50:21を大幅に更新しました。
また東洋の梅崎蓮選手は早稲田と並走していましたが、最後のスパート合戦で敗れ、8位に順位を落としました。

 

8区
駒澤の花尾恭輔選手は、後ろと大差があるにもかかわらず、ハイペースで入り、最初の1キロは2:46で入り、そこからも落とさずに走り、解説の帝京大学、中野孝行監督は、大会記録を大幅に更新し、神の領域になると言いました。
後方では15キロ過ぎで國學院の伊地知賢造選手が青山学院の宮坂大器選手を抜き、大学初の全日本表彰台を盤石にしました。また13位でスタートした東京国際、北海道マラソン優勝のルカムセンビ選手がスタート早々に神奈川、中央学院をぬきましたがそこからは前が見えないということもあり、中々順位を上げられませんでした。
そしてゴール、駒澤大学が三連覇を達成しました。また大会記録の5:11:08を大幅に上回る5:06:46でした。また花尾選手は区間賞を獲得しました。
2位には國學院大学、3位に青山学院大学がなんとか猛追を振り切り、4位は四釜峻佑選手が青山学院を追い詰めてた順天堂大学、以下創価大学早稲田大学中央大学東洋大学までがシード権。明治大学は3年ぶりにシードを落としました。


命懸けの観戦

 

10月14日、MGC(グランドチャンピオンシップ、パリ五輪の予選)があり、小山直城選手(HONDA)、赤﨑暁選手(九電工)、鈴木優花選手(第一生命)、一山真緒選手(資生堂)がパリオリンピックに内定されました。

時は遡って8月、私は友人と出かけて、帰り際に今度MGCがあるから見に行かない?と声をかけました。正直来てくれると思っていなくて、冗談半分で言ったつもりだったのですが二つ返事で行ける、と言ってくれたのです。内心驚いて何回も聞いたのですが、返事は変わりません。そのときは舞い上がってしまいました。

その後チケットを取ったのですが、天気予報を見て衝撃を受けました。ちょうどレースの最中、ピンポイントで土砂降りの予報だったのです!

それでも国立競技場まで来てくれ、スタートまで談笑しました。

男子がスタートし、川内優輝選手(AD損保)が先頭で後ろを引き離すかもしれないと思いながら女子のスタートも見て、観戦ポイントまで移動しました。最初は上野広小路に行き、その後日本橋に行って国立競技場に戻ろうと思っていました。そして外苑前駅に向かい始め、土砂降りで水溜りにぶつかりながら、それでも急いでなんとか駅につきました。しかし着いた時に間に合わないと思い、直で日本橋に行きました。急ぎながら速報を見て、日本記録保持者の鈴木健吾選手(富士通)が遅れたという情報にショックを受けながら、日本橋に到着しました。

しかし!!

ついた時には時すでに遅し、男子の方はもう通過していました。しかしまだ3回来るからと思い、気を取り直しました。
女子の集団が通過した後、少し時間があったので屋根がある(上に高速が走っている)日本橋の橋の上に行きました。しかしそこはもう人がいっぱいで、先に来た人の特権か、と思いながら渋々元々いた場所に戻りました。私は土砂降りの中、選手が通過するたびに先頭との差、後続との差を選手に向かって叫んでいたのですが、最後のところで前のポイントで川内選手に後ろとの差が40秒と叫んだのですが、後ろが来た時にタイムを止めたら25〜30秒となっていました。川内選手、私の声が聞こえていたら申し訳ありませんでした。

男子の2位集団が通過した時にこのままだとゴールに間に合わないと思い、その後を見ずに国立競技場に戻ったのですが、最短経路を調べている時一部の文字のタイピングができません。雨でスマホを壊したと思いましたが、間に合うか間に合わないかの瀬戸際です。なんとかその文字を使わないように調べて、調べた結果本当にギリギリになりました。
駅につき、大江戸線の駅の深さにうんざりしながら激走しました。なんとかコンコースからゴールシーンは見えましたが、誰が優勝したか分からず、スマホで結果を確認するという残念な形となりました。

女子のゴール、そして同日開催のレガシーハーフマラソンも見て観戦が終わりました。

内定された4選手をはじめ、出走された全選手、ありがとうございました!!


私は初めて現地でのマラソン観戦で、いろいろトラブルはありましたが、マラソン観戦の過酷さ、そして選手を間近に見て、スピードを体感するなど、マラソンとは何であるかを実感し、いい経験になりました。

 

全日本大学駅伝東洋大学区間予想


東洋大学区間予想は

 

村上ー緒方ー小林ー熊﨑ー菅野ー梅崎ー西村ー松山

 

と予想します。

 

1区 村上太一選手

1区は最短の9.5kmで、長い距離が得意なため、疑問に思われる方も多いと思います。
たしかに適性的には違うかもしれませんが、駅伝において1区は極めて重要です。村上選手はレースを外したことがほぼありません。また10000mも29分一桁を持っているので、ここでも好走できると思います。

 

2区 緒方澪那斗選手

デビュー戦となった出雲駅伝では、難しいレースとなった1区で区間6位と好走しました。出雲を見ていると、スピード区間で好走できる選手は、緒方選手しかいないと思います。

 

3区 小林亮太選手

出雲ではエース区間の3区で区間8位、力負けとなってしまいました。しかし小林選手は距離が長い方が得意だと思います。ですので前半区間で好走して欲しいと思います。

 

4区 熊﨑貴哉選手

力はあったのですが、故障もあり出雲駅伝で初出場、区間9位で前と離される形となりました。10000mは素晴らしいタイムを持っているので、結果を残せると思います。
スピードランナーですが、起伏の多い川越ハーフでも3位でしたから同じく起伏の多い4区でも好走できるのではないでしょうか。

 

5区 菅野大輝選手 
出雲駅伝5区7位、前々回の全日本では6区を走り、足の痙攣を起こしてしまい結果的にシードを落としてしまいました。しかし、そこから復活し、5000,10000で自己ベスト更新し、今回の出雲では単独走で走りにくかったと思いますが、区間7位でまとめました。今度は全日本でも走って、リベンジを果たして欲しいです。

 

6区 梅崎蓮選手
ここに梅崎選手を置けると強いと思います。出雲では思うような走りができませんでしたが、梅崎選手は全日本5区5位だったことがあります。今だと区間賞も取れるのではないでしょうか。

 

7区 西村真周選手

出雲は出場しませんでしたが、日本インカレでも好成績で、今日のレガシーハーフでは余裕の表情で63分半をだしました。元々スピードがあり、この結果だと7区が適任ではないでしょうか。

8区 松山和希選手

出雲直前に、YouTuberのたむじょーさんが東洋大学の直前練習を取材していて、あまり松山選手の状態が良くいように見えたのですが、出雲4区で出走し、区間8位とまずまずの結果でした。しかし短期間でここまで戻すことができると、長距離区間も大丈夫だと思います。適性的にも、上りのある8区がいいと思います。(渡辺康幸さんのもつ日本人最高記録を更新して欲しいです)

 

 

 

ベトナムに行きました終

つづき

コンシェルジュの方にタクシーを呼んでもらい、とうとう街に繰り出しました。まず、ベトナム建国の父のホーチンミン廟に行きました。軍が管理していて、入るために手荷物検索がありました。廟はだだっ広い敷地なので写真スポットが沢山あります。そのため姉から写真を撮るようにせがまれたので、数え切れないくらい撮ってあげたのですが、その度に撮り方が悪いだの、ブレているだの、数多くケチをつけられました。まるで英語を話すためではなく、写真を撮る技術を磨くために旅行したのかと思いました。

 

次に、ベトナム王朝時代の宮殿であったタンロン遺跡を訪れました。私はここには行きたいと思っていて、思ったより跡が残っていたので見応えがありました。また建物の中が博物館になっていて、ベトナムの歴史が学べました。ベトナム語と英語の文章なのですが、英語の文章を早く理解できたので、自信がつきました。

そしてその後、一回ホテルに戻ったあと、散歩がてらチャンオック寺に行きました。寺は良かったのですが、そこまでたどり着くのに苦労しました。というのもハノイは一応歩行者優先なのですが、狭い道でもとにかく車とバイクの交通量が多いです。歩道が狭いので恐る恐る歩くのですが、なんとその歩道に車が乗り入れているのです!そして木が植えられていたり、ベンチがあったりするのでとても歩道を歩けません。なので恐る恐る、車道を歩きました。そしてなんとかホテルまで帰ることができました。ホテルのディナーをたべ、庭のすごく綺麗な夜景を見て、1日を終えました。

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庭からの夜景

最終日
最後に1人で散歩をし、チェックアウトをしました。無料だと思っていたドリンクが有料で、追加料金を払わなければいけなかったなどのアクシデントはありましたが、無事終えられました。まず姉が行きたいと言っていた、トレインストリートに行き、その後ホアンキエム湖に行きました。ホアンキエム湖はベトナムに行った友人から勧めてもらった場所で、そのほかにもタクシーや、名物料理など、有益な情報を教えてもらいました。
トレインストリートからホアンキエム湖は観光客が多かったのでついて行き、安全に着くことができました。ホアンキエム湖の周辺でフライドチキンを食べ、ぶらつきました。そして一旦ホテルに戻り、空港に行きました。空港で質問したのですが、理解してもらえず(私の発音がわるいだけだと思いますが…)、しばらく落ち込んでしゃべらなかったのですが、このまま終わったら自信を無くしたまま帰国してしまうと思い、最後に英語で話してみました。結果的に通じて、いい気分のまま帰国しました。

 

抽象的になりますが、今回の旅行はとても充実したものでした。ホテルの設備、コンシェルジュの方の対応が素晴らしく、人間として参考になりました。また、街並みや道路など、日本にいると全く想像できない社会、文化を知ることができました。まるで1カ月旅行したような、それほど満喫した4日間でした。

ベトナムに行きました



姉が海外に1年間留学していて、帰った後に旅行に誘われました。私はそんなに海外に興味がなく、それよりは国内旅行に行きたかったのでそんなに乗り気ではなかったのです。しかし英語の勉強になるからと言われ、私は高級ホテルのスイートルームに泊まる、という条件を提示して、交渉は成立しました。
私はそれでもそんなに乗り気ではなかったので、最初は姉が調べてくれました。しかし私があまりにも無関心だったため、怒って手を引かれました。仕方なくホテルを探し始めたのですがモチベーションが上がらず、とうとう白紙に戻すかのところまで来てしまいました。一応行きたいとは思っていたのでそこから焦ってホテルを探し、行く間際になってインターコンチネンタルホテルハノイウェストレイクのジュニアスイートを予約しました。

当日、クレジットカードのグレードが足りなくてラウンジに入れないなどのトラブルはありましたが、概ねスムーズに進みました。
多少の気流に巻き込まれることはありましたが、無事ハノイノイバイ国際空港に着陸しました。そしてホテルに着き、就寝しました。私は英語を沢山話そうと意気込んでいました。しかし…、空港の入国審査では何も質問されず、ホテルのチェックインでもコンシェルジュの方が日本語を話すことができ、なにも英語を話しませんでした。

 

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インターコンチネンタルホテルウェストレイク

2日目。朝ごはんを食べに行く道中、従業員の方とすれ違い、咄嗟に私はhelloと言いました。しかし、返してもらえませんでした。冷静に考えたら普通はホテルで挨拶などしないのですが、躍起になっていたので、ついしゃべってしまいました。恥ずかしくなり、一日中引きずりました(その後の朝ごはんの時にお皿を割り、2回ころびました)。
つづく

 

 

 

 

東洋大学、出雲駅伝区間エントリー予想&全体感想

とうとう駅伝シーズンがやってきました!9/19チームエントリー締切で、各大学が各種SNSで続々と発表しています。昨日私が応援している東洋大学のチームエントリーが発表されましたので。以前出雲駅伝区間予想をしたことがあるのですが、改めてしようとおもいます。

https://www.instagram.com/p/Cxb42U0PX6s/?igshid=MzRlODBiNWFlZA==


松山ー小林ー緒方ー西村ー熊﨑ー梅崎

1区 松山和希選手

ここ数年の東洋は1区で出遅れるということが続いていました。更に現状、他大学と比べて少し弱いと言わざるおえないです。ですので何としてもいい流れで繋いでいく必要があるため、1区を松山選手にしました。また、確かに格が少し落ちているかもしれませんがこの戦力であれば、最初に流れを作らられると、そのまま行けると思います。できれば大逃げして欲しいですが、最低でも先頭集団で来て欲しいな、と思います。

2区 小林亮太選手

去年の箱根駅伝で3区9位、今年は主に10000mで高レベルで安定した結果を出してきました。確かに2区は5.8kmと一番短い区間ですが、流れを途切らせないためにも、今一番調子のよい小林選手ではないかと思います。

3区 緒方澪那斗選手

大学入学前から10000m28分36秒でチームトップの成績で、全日本大学駅伝東予選会でエースが集まる最終組で好成績を残しました。その後しばらく離脱していたのですが、関東インカレで29:04でした。今年は東洋大学陸上競技部長距離部門の公式インスタグラムの投稿にいつも写っているので、ポテンシャル的にも十分3区でもやりあえるのではないでしょうか。

4区 西村真周選手

去年の箱根駅伝6区で駅伝デビュー。序盤から積極的な走りで途中まで区間4位でした。今年は男鹿駅伝で区間2位、日本インカレでも留学生が多くいる中で14位と、好走しました。これらのレースではラストスパートが光り、最後に数人を抜くという意地の走りでした。十分出雲でも区間上位で走れると思います。

 

5区 熊﨑貴哉選手

 

三大駅伝の出走経験はありませんが、全日本予選で日本人1位、全体2位、男鹿駅伝区間賞、記録会で10000mチームトップの記録を出し、川越ハーフでも3位でした。今年はまだレースに出ていませんが、熊﨑選手がいるのといないのでは全然違うので、チームエントリーを見た時に安心しました。

 

6区 梅崎蓮選手

 

長い距離でめっぽう強い選手。関東インカレではハーフマラソンで2年連続表彰台、全日本大学駅伝7区7位、箱根駅伝9区4位と、ハーフマラソンの距離帯で滅法強い選手です。出雲駅伝の距離帯はあまり見たことがないですが、一番長い6区ではいい記録を残してくれるのではないでしょうか。ここからは私の個人的な意見なのですが、梅崎選手には全日本で7区を走ってもらいたいです。ここはエース区間であり、上位に行くためにはスタミナだけでなくスピードも必要であるため、出雲の距離帯でも通用して欲しいなと思います。


チームエントリー全体の感想

Xをみると今年の東洋も下馬評は低いです。それどころか東洋の公式instagramでも、目標が上位進出なので、あまりよい状態ではないのかもしれません。確かに去年まで松山選手とダブルエースだった石田洸介選手や、スピードのある九嶋恵舜選手がエントリー外となっており、チームとしては痛いでしょう。しかし、去年いなかった松山選手、熊﨑選手など、強い選手がエントリーしています。私の願望も含みますが、下馬評ほど悪くないと思いますし、うまくハマれば3位も見えてくると思います。その流れを作るために、1区で5位以内、あわよくば区間賞取って欲しいと思います。

 

イギリスの英雄、モハメド・ファラー選手

昨日(現地時間昨日)グレートノースランにおいてイギリスの陸上選手、モハメド・ファラー選手が引退されました。ファラー選手はソマリア出身で、特に5000mや10000mで活躍し、オリンピックや世界陸上など、国際大会10連覇を達成しました。私は陸上長距離を本格的に見始めた頃、日本にいる留学生や実業団に所属している外国人選手を除いて、ファラー選手とケニアのマラソンの絶対的王者、エリウド・キプチョゲ選手しか知りませんでした。今日はファラー選手のマラソン転向の前の最後の10000m、ロンドン世界陸上について書こうと思います。


この大会は地元での大会で前述の通りマラソン転向する、と宣言していたため、現地の観客はファラー選手一色となりました。


レースが始まり、ファラー選手は後方からスタートしました。このレースは国際大会としては珍しく超ハイペースで、またファラー選手が前の方に来て先頭に立とうとすると他の選手が急激にペースを上げるという、ファラー選手が得意とする、レースペースがゆっくりでレースを揺さぶりながら、最後に刺すという勝ちパターンをさせない、いわばファラー選手対他全選手という展開になりました。しかしそれでもファラー選手は集団についていき、時には観客に対してパフォーマンスをする余裕までありました。

そして最後の1周、400mでスパートし、そこから逃げ切って優勝しました。タイムは自己ベストに迫る26:49.53でした。


その後の5000mでもファラー包囲網になり、エチオピアエドリス選手

に負けて国際大会11連覇はなりませんでしたが、それでも最終レースの圧倒的アウェーの中、銀メダルを獲得しました。

 


そしてマラソン転向後もシカゴマラソンで2:05:11でイギリス新記録、また1時間走の世界記録も更新しました。

 


ファラー選手、お疲れ様でした。